塗師の家


美しい漆の町家 塗師文化の結晶

この建物は、輪島の塗師文化が最も華やかだった江戸後期から明治終期にかけて建築されたものです。昭和62年、廃屋となっていたこの家に出会い、塗師文化の再構築を目指して平成2年に大改修を行いました。
塗師の家は輪島塗を育んだ塗師文化を証明する唯一の建物です。漆の艶を取り戻したこの家を見ると、なぜ輪島に輪島塗があるのか、その理由がわかります。


輪島塗と塗師文化 〜塗師の家の成り立ち

輪島は古くから開けた日本の七つの湊でした。長い歴史の中で輪島塗は、「潮の道」を販路として製品を自ら全国のエンドユーザーへ売りさばく自作自売の販売形態を藩政時代に生み出しました。

塗師たちが旅先で見聞したのは、各地の優れた文化でした。つまり、塗師たちは輪島塗という文化産物を発信しながら、同時に全国の文化を着信していたのです。この往来の絶えざる刺激に育まれたのが塗師文化であり、住人である当時有数の文化レベルを持った数寄者の塗師と、それに感化されたイナセな職人たちが作り出したのが、この塗師の家といえるでしょう。

旅先での塗師屋の販売は豪農や豪商の奥座敷に通されての商いでした。なぜ墨客並みの接遇を受けたのでしょうか。一つには高質の文化情報を持つ旅人として、そして彼自身も高い教養を有していたからこそ顧客の信頼と敬意を得たのに違いありません。

その塗師たちは、旅行きの2~3ヶ月を除けば大半は輪島で過ごしました。彼らは旅の準備や始末が終わると大した仕事は無く、商品の工夫や「遊び」に多くの時間を費やしました。遊びの恰好の場がこの塗師の家でした。それはまさに「遊び」と呼ぶ分類で、文化修養を積むための修行の決心は少なく、それぞれ他人のできることは当然でき、人のできないところまで芸や技を深めたいと競い合いました。それは職人たちにも及び、町中がその雰囲気に包まれました。江戸末期より明治期において茶人、俳人、芸人である親方連中は増えていき、ある俳人は200人の門弟を擁したといわれています。

ただ塗師の財力は限りがあり、全国で知り得た贅の何十分の一かが精々でした。それが建物や調度品に現れ、小さく、少ないながらも小粋な工夫へと走らせることとなりました。この塗師の家は、その点でも貴重な文化遺産といえます。シンプルな空間、工芸意匠の真骨頂であるストーリー性のある文学意匠を随所に盛り込んだ建築、また町衆が育て上げた茶の湯の場としての数寄屋の雰囲気をも今日まで伝えています。


塗師の家 フォトギャラリー

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「塗師の家」母屋は保存のため一般公開しておりませんが、小社商品の展示販売ギャラリーを常時開設しておりますので、どうぞお立ち寄りください。開館時間は午前9:00~午後4:00です。

母屋の見学をご希望の方は下記連絡先、またはお問い合わせフォームよりご連絡ください。

(株)輪島屋善仁
電話 0768-22-0521(8:30~17:00)
FAX 0768-22-8808
Mail info@wajimayazenni.co.jp

こちらから塗師の家のご案内・輪島散策マップをダウンロードできます。
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塗師の家ご案内+輪島散策マップ(PDF・881KB)

塗師の家 + 展示販売ギャラリー
〒928-0001 石川県輪島市河井町1-82-3
電話 0768-22-5811
営業時間 9:00〜16:00
定休日:毎週水曜日、年末年始(12月29日~1月3日)
駐車場:4台

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