「葆光(ほうこう)」とは

以前の記事で、古代中国の思想家・荘子が若い頃に漆園の管理人をしていたことを書きましたが、今回は荘子と漆に関わるかもしれない?話、その2です。

「荘子」斉物論篇には、「葆光(ほうこう)」という言葉が出てきます。「葆光」とは包まれた光、ほのかに内にこもる光、といった意味で、「人間の最上の知は、知らないということを知ることにある」といった文脈の中で、そのような絶対的な境地に達した状態を表すことばとして使われています。

作家の玄侑宗久さんは、荘子がこの「葆光」という言葉を用いたのは、かつて漆園の管理人をしていた経験があるからでは…と書いておられます。

「…『ほのかな光』が、肯定的な意味で『荘子』には頻繁に出てきます。ほのかな光とは、すなわち、漆の艶の特徴でもあります。こうしたことを考えると、荘子が漆園の管理人だったというのは本当なのかもしれません。」
「100分de名著-荘子」NHK出版より

美しく塗られた漆の肌をじっと眺めていると、確かに奥底の方から優しく跳ね返ってくる、闇に深く包み込まれたかのような淡い光を感じます。

人智の最高の境地を、ほのかにこもる光という概念で表した荘子。日本では谷崎潤一郎も「陰翳礼讃」の中で、漆は薄暗い蝋燭のような灯りの中で見るのが最も美しい、といったことを書いています。明るい光に満たされた現代の生活の中では、なかなかこのようなほのかな光というのは実感しにくいかもしれませんが、時には灯りを暗くして「葆光」を感じてみてるのもいいかもしれませんね。

葆光


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