輪島屋善仁の職人を紹介します
当社工房の職人は現在7名。一般に輪島塗の製造は分業化されており、商品は各工程専門の職人の分業のリレーによって完成します。当工房では「下地」「研物」「上塗・中塗」「蒔絵」の4部門に分かれて日々製作にあたっています。
物静かに黙々と取り組む者、話好きで新しいことを積極的に試す者…と、それぞれ個性的な職人が揃っておりますが、「漆芸史上最良のものづくり」を目指す心はひとつです。各工程の簡単な説明のあと、一人一人仕事への思いを語ってもらいましたのでご紹介します。
下地(したじ)
下地は木地に最初に漆を塗っていく工程です。輪島塗の下地は「布着せ本堅地」と呼ばれ、その大きな特徴は、木地の傷みやすい部分に布を貼って補強すること、また市内の小峰山で採れる地の粉(珪藻土の粉末を蒸し焼きにしたもの)を生漆に混ぜてヘラ付けし、強度を高めることなどが挙げられます。下地は完成すると見えなくなりますが、ここをしっかり作っておかないと良質な漆器にはなりません。輪島塗が輪島塗であるための最も基本的な工程といえるでしょう。上塗師となる職人も、新弟子として入門するとまずは下地の修行から始めます。
下地師
戸前宏治(とまえ こうじ)
父は大工をしています。幼い時から父を見て育って「自分も大工に…」と思っていたら、祖母が漆器づくりの世界へ入る事を強く勧めてくれました。
以来30年近く。近年、乾漆技法の素地づくりも始めました。一から形をつくり出していく作業はとても面白く、下地の経験を生かした仕上げ方も、色々と考えていきたいと思っています。
研物(とぎもの)
漆器づくりは塗りと研ぎを交互に繰り返しながら完成に近づいていきます。研物は前工程の塗り跡を砥石などで平滑に研ぎならし、その後の塗りが美しく仕上がるように塗面を整える作業です。一見地味な作業のように見えますが、器物の角や隅の大きさを微妙に調整し、美しく通った線や滑らかな面のつながりを作ることによって、完成した漆器の印象を大きく左右することになる大切な工程です。そのため、器物の形に合わせて加工した多くの砥石を使い分けて作業します。繊細な形の見極めが要求されるからでしょうか、研物は昔から女性の仕事とされてきました。
研物師
阿畠明美(あばたけ あけみ)
他の工房で年季明けをして30年以上研物をしてきましたが、数年前にこの工房に移籍しました。先輩の後を引き継いで、大事な仕事を任されるようになりました。
今でも毎日が勉強で、どんな難しい仕事でも苦と感じたことはありません。お客様に自分が手がけたものを心地よく使っていただけるのが最大の喜びです。
研物師
宮側かおる(みやがわ かおる)
結婚を機に数年この仕事から遠ざかっていました。
母親になって改めて研ぎ物の仕事と向かい合ってみると、子育てにとても似ていると思えてなりません。出来の良くない角を揃え、良い面はより丁寧に仕上げてゆく。日々の仕事と共に、自分自身も高めていきたいと思っています。
上塗・中塗(うわぬり・なかぬり)
長い時間と工程を経て下地塗、地研ぎを終えると、漆器づくりは中塗、そして最終工程の上塗に入ります。当社では岩手県二戸市で漆の森を契約栽培し、そこで採取した純日本産の漆を上塗に使用しています。漆は産地、採取年、漆掻き職人によって性質が違い、また加工具合や塗る日の気候によっても仕上がりに差が出ます。漆は生きものだと言われる所以です。上塗職人は長い経験と感覚によって、最良の結果が生まれるように漆を調合し、作業し、乾きを調整します。チリやホコリを避けるため常に身辺を清めて作業する姿を見て、まるで修行僧のようだと語った方もいました。
上塗師
谷内清治(やち せいじ)
上塗に使う漆は、自分で調合しています。「漆を識らないと、上塗の腕は上がらない」と、よく先輩に言われました。
それから何度も漆合わせを行ってきて、今頃ようやく漆液の性格や顔が見えてきたかなと思っています。綺麗な上塗の肌、艶になるよう、ときどき漆に話しかけている自分がいます。
上塗師
外 雄二(そと ゆうじ)
上塗は、チリ・ホコリとの闘いです。せっかく刷毛通しや塗り肌が良くても、ひとつのホコリでその品物は商品となってくれません。
そうした失敗があると落ち込むときもあるのですが、仕上がった塗りものを見ていて、自分が塗った事も忘れて美麗だと思う事もあります。
上塗師
杉田大輔(すぎた だいすけ)
北海道の大学で彫刻を学び、その後漆の仕事、中でも上塗を志して輪島に来ました。
先輩の熟練の仕事を見ていると、早くキレイに仕上げるにはリズムがあるのだと気づかされます。
「毎日同じ作業で飽きないか?」と少し意地悪な質問を受けたことがありますが、同じ器・同じ作業に見えても「次はもっと・・」と刷毛を動かしていると、あっと言う間に1日が過ぎてゆきます。
蒔絵(まきえ)
東アジアで盛んな漆芸には様々な加飾技法がありますが、蒔絵は遠く奈良時代に日本で生まれ、日本独自に発達した技法といわれています。漆で文様を描き金粉等を蒔いて仕上げる蒔絵は、その物語性に富んだ意匠を含めてまさに日本の精神性を最も表現する工芸といえるかもしれません。マルコ・ポーロが「黄金の国ジパング」と書き記したのは、蒔絵で装飾された中尊寺金色堂を伝え聞いたのでは..という説もあります。蒔絵師は様々な材料と多彩な技法を駆使して、器物を生かした意匠と表現を選び、漆器に華やかさや荘厳さを加えます。
蒔絵師
田中正樹(たなか まさき)
輪島で生まれ育ち、蒔絵の仕事に携わって40年以上になります。長年、重鎮の伝統工芸作家の工房で職長として数多くの仕事をこなしてきました。しかし、仕事をすればするほど新たな探究心と意欲が湧き、技術保存会の活動にも積極的に参加を続けています。この工房に移籍してまだ日が浅いですが、一生が勉強の連続との思いを改めて強くしています。